新しいかたち

往復書簡二通目

ご近所の立派な裏門で奥村さんが惚れ込んでる扉  


前略 菊川博子さま

今日の明日香はうららかな春の日差しの中、鶯の声が朝から美しく響き渡っています。 あちこちで桜の開花が始まったようですが、コロナ禍の騒がしい中で迎える春も、もう2回目になるのですね。

音楽の話も交えた萩原邸のあれこれ、とても興味深く読ませていただきました。関西でフランク・ロイド・ライト氏設計といえば芦屋のヨドコウ迎賓館、そして遠藤新氏設計といえば西宮の甲子園会館(旧甲子園ホテル)が頭に浮かびます。萩原邸は初めて訪れる場所なので今から楽しみでなりません。

さて私は元々生粋の神戸っ子。しかも北野町近くで生まれ育ったので、街に出るのも塾に通うのも小さな時から洋館を見ながらバスに揺られていました。少女時代はそんな洋館が大好きで、海の見える場所に建つそれらは憧れでした。私の”建物好き”のルーツはその辺りにあるのかもしれません。加えて両親が大のインテリア好き。ベビーチェアからベビー箪笥に至るまで老舗家具屋さんである永田良介商店のものだったので、”建物好き”に”インテリア好き”が自然と加わりました。その後舞子(神戸の西)に引っ越した際にも海沿いに並ぶ洋館や、ジェームス山(その昔貿易商ジェームスさんという方が開発した山)に存在する素晴らしい邸宅などを見る度に「こんなに素晴らしい建物は絶対に残さなければならない」と子供心にも強く思ったのをよく覚えています。そして建物が消えていく度に胸が締め付けられるような気持ちになったものです。私が作り出すインテリアスタイルにモダン一辺倒ではなくクラシカルなものが混じることや、モダンな中にも甘さが残るところなんかはきっとその頃の影響なのですね。

そんな私ですが、縁あって明日香の古い城下町に暮らし始めてずいぶん経ちます。神戸とは全く違った街並みで最初は戸惑いましたが、今ではすっかりこの街が好きになりました。洒落たカフェやレストラン、美味しいパン屋さんなどはありませんが、昔ながらの家並みや土塀、美しい瓦が並ぶ光景はとても美しく心を穏やかなものにしてくれます。

質問で心に残った街とありましたね。海外でも旅先でもなく、ましてや街でもないのですが、私の記憶に強く残る光景があります。以前近所に崩れ落ちそうな廃屋がありました。鬱蒼とした木々や雑草の中、穴の開いた屋根から差し込む光がその建物の古い壁を優しく照らす光景は、息を呑むほど美しかったことが今も忘れられません。朽ち果てようとするものがこれほどまでに人の心を打つのかと、その前を通る度に眩しくさえ感じていたほどです。そして毎回ほんのちょっぴりアクセル・フォヴォルト氏の世界観を思い出したりなんかして。

神戸での少女時代からうん十年が過ぎ去り、田舎暮らしも長くなってきた今となっては、洋館への憧れを抱いていたあの頃も遠い記憶の彼方にあるだけ。今では菊川さん同様、もう一度家を建てることができるなら平屋、しかも「ちょっと和風がいいなあ」などと想像したりしています。今度は菊川さんのインテリア好きになったきっかけなんかも教えてください。できればインテリアが仕事になる前の。

ああ、今日はコンサートやライブの話にまでたどり着きませんでしたが、またの機会に。  

草々
2021年3月17日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

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