新しいかたち

往復書簡二十六通目

3年ぶりのパリ 


前略 菊川博子さま

2121年3月に始まった私たちの往復書簡も今回でラストです。足かけ3年に渡りインテリアやアート、そしてお互いの仕事に対する思いなど実に様々な話が飛び出しましたね。ブログなどでは自分からの発信を一方的に伝えるだけでしたが、書簡という場所で菊川さんからの問いかけに答えるうちに、自分の中の過去から現在に至るまでの様々な引き出しが開かれたような気がします。ずっと続けていたいくらいだけどとても充実した内容だったため、このあたりできっちりとアーカイブしておくべきだと思い2人で最終回と決めました。どなたか書籍化してくださらないかしら(笑)?

そんな私たちはインテリアやアートと同じくらい旅が大好き。書簡を始めた頃は海外渡航もままならず、その影響もあってお互いいつも以上にインテリアについて深く掘り下げ語り合った気がします。そして今徐々に海外への扉も開いてきており、今思えば私たちの書簡は閉じ込まざるを得ない状況だった日々からやっと旅立てるといった時期に繋がるとても重要な3年の月日の記録でもありました。

私からの手紙の内容はラストに相応しいのではないかと思います。それは先日出かけたロンドン〜パリのアート旅行(研修旅行?)の話です。3年以上海外に出かけていなかった身としては旅立つまではちょっぴり緊張の日々。緊張だけでなく「もしかして旅行直前にコロナに感染したらどうしよう?」「コロナ関連の手続きはこれで大丈夫?」などとコロナ絡みの不安も加わり、旅を前にそわそわドキドキ。今回もカメラマンとして同行してくれたウエブディレクターの小松さんと空港で合流したときには取りあえずやっと一息といった感じでした。久しぶりに旅に出る心地よい緊張味わいながらぼんやり空港にいる人を眺めていると、おそらく多くの方が同じような感覚を味わっているのだと思えてきました。私と同じように3年ぶりの渡航の人も少なくないはず。国際線フロアはそんなちょっぴり不安を抱えた小さな高揚感に満ちているようでした。

さて今回の旅も盛りだくさん。その内容はインスタグラムにも随時投稿したので詳細は省きますが、一番の目的は2021年にオープンしたブルス・ド・コメルスに行くことでした。多くの方がご存じと思いますが、フランソワ・ピノー氏が自身の所有するコレクションを展示する目的で元商品取引所だった古い建物を安藤忠雄氏が手がけ美術館へと姿を変えた建物です。何年も前から完成を心待ちにしていて2019年に完成と聞いていたのに延期、その後やっと完成した時にはコロナに行けず。ずっと思い焦がれていた好きな人についに会える、まさにそんな気持ちでした。

やっと訪れることができたブルス・ド・コメルスの空間に立ち、大きな天井窓から降り注ぐ柔らかな光に包まれた時には全身に鳥肌が立ち涙が溢れそうになりました。その瞬間ちょっと変なことが頭に浮かんできたのです。それは天に両腕を突き出し、手のひらで天からのエネルギー集めるヨガのポーズ。もう少しでそのポーズを展示空間の真ん中でやってしまうところでした。それほどまでに元々のこの建物が持つパワーと改装に携わった多くの人の想いが相まって強い波動のようなものとして私に伝わってきたのです。私が訪れた時この空間で展示されていたのは大好きなヤン・ヴォ―氏の作品。思えば同じくヤン・ヴォ―氏の作品をベネチア・ビエンナーレのベルギー館で見た時も天井から降り注ぐ光と作品が相まって忘れ得ぬ時間を過ごしたことがあります。神がかったアート体験をするときは必ずヤン・ヴォ―作品と一緒とは不思議な気もします。

もちろんこの美術館以外にもこの3年行きたくてリスト入りしていた場所にも多く足をはこびました。そしてふと思ったのです。私たちはコロナでなぜか時が止まったように感じていたけれど間違いなくこの3年の間いろんなことが進んでいていろんなものが生み出されていたのだと。困難の中においても人はコロナに負けることなく自分たちのすべきことを粛々と担ってきていたのだと。

そしてもう一つ大きな気づきがありました。日本にいる時はインスタグラムに流れてくる海外の情報や暮らしの様子を見ながら「いったいいつになったら海外に行けるのかしら?」と思っていた日々を過ごしていたけれど、実際刺激に満ちている旅行先で同じようにインスタグラムを眺めていると目に留まるのはフォローさせていただいている方や友人たちの日々の生活の様子ばかり。春めいたお花を買って飾った様子、おいしそうなご飯、いつも自分が投稿しているようなそんなさもない日々の暮らしの一コマがキラキラと輝いて見えたのです。そんな風に日々の暮らしの些細なあれこれがとても大切なのだと思えるようになれたのはコロナのもたらした数少ない恩恵の一つかもしれません。そしてコロナで足止めを食らってしまった月日は日常の生活こそがその人の旅なのだと教えてくれたのではないでしょうか?

私たちの日々の暮らし(旅)は続きます。その旅の大切なお供として私はアートを、そして菊川さんはリネンを添えて皆さんの旅をより楽しいものにしていこうではありませんか?

この書簡を楽しみに読んでくださっていた皆さま、ありがとうございました。そして書簡という素晴らしい機会を提案してくださった菊川さんにも深い感謝の気持ちを贈ります。

近い将来私たちが思う理想のお宿の仕事を一緒にできることを妄想しつつ。



 

 

草々
2023年2月23日
アートアドバイザー 奥村くみ

 

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