新しいかたち

往復書簡二十五通目

アートとリネンと灯り


前略、奥村くみさま

今年も残すところ2週間となりました。先週末、忙しくてなかなか行けていなかった畑(自転車で5分)で冬のトマトを収穫してきました。前回のお手紙で登場した農園で教えてもらった「道法造り」という栽培方法を試してみたら、ペースは落ちましたがこの時期になっても元気に花をつけ実がなっています。振り返ってみると、コロナの間、畑の知識がグンと伸びた気がします。

今年の夏から神山町のアトリエでOpen Dayを開催しています。先日、コロナの中開催した萩原邸でのイベントに足をお運びいただいた方が来て、「とてもおもしろかった、またあんなイベントやってください」と温かなメッセージをいただきました。突然コロナの脅威が世界中を覆い、外出自粛の中二人で知恵を出し合って開催した萩原邸でのイベント。「HouseからHomeへ」と題したこの企画を懐かしく思い出しました。

イベント開催までの打ち合わせの内容でこぼれ落ちた雑談をまとめてみてはどうかという案から無謀にも挑戦した往復書簡。改めて全てを読み返してみました。一通一通わたしたちの魂がこもった手紙。奥村さんの巧みな質問のおかげで、毎回毎回、頭を悩ませながらもぼんやりあるものを文字にする作業を繰り返し、それは自分自身の思考の整理にもとても役立ちました。

最初の頃の書簡で奥村さんから届いた南仏の海辺のヴィラE-1027のお話。実は丁度そのちょっと前、そこをつくったアイリーン・グレイのデイベッドが我が家のリビングにやってきたんです。あまりのタイミングに少しゾクゾクして、ぜひこの話をしたいと思っていたのですが、思いが強すぎてその時は文字にできませんでした。

御存知の通り私は以前家具屋に勤めていました。自分のお給料で最初に買った家具はE-1027。そう!あの、どこでも見かける丸いガラス天板をクロームのチューブが囲って、高さをアジャストできるコーヒーテーブルです。前職の時代にはお客様に沢山納品しました。当時、ガラスの天板の支え方や溶接が違うコピーが出回っていて「ここがこーいう風に違うんですよ」と何百人のお客様に説明したことか!よくありふれた出で立ちの実家の私の小さな部屋に、そんなモダンな家具が加わりました。ほんのちょっとだけ部屋が洗練されたのがとっても嬉しく、どんな場所にも変化をもたらしてくれるその懐の深い家具の持つパワーに触れた瞬間を懐かしく思い出します。

でも、E-1027の威力を実感しているのは20数年の時を経た今かもしれません。パソコンで動画を見たり、英語のリモート授業を受けたり、お茶を飲んだり、花をいけたり、キャンドルを灯したり、時には電話台になったり、お客様が来たときにはサービステーブルになったり、高さを上げたり下げたり、寝室とリビングを行ったりきたり。100年前にデザインされたアジャスタブルテーブルがいまも我が家で絶賛大活躍中です。

実は昨年12月の銀座蔦屋さんのトークイベントの選書に最初に選んだ本は彼女の伝記でした。残念ながら絶版で、他の本達に場所を譲ってもらいました。今は本とか、映画とか、ドキュメンタリーとか、インターネットとか、いろいろな方法で彼女についての情報を得ることができます。お客様に説明していた時には先輩から教えてもらった知識と家具についているタグに印字された文字と彼女の横顔の写真だけが頼り。何もなかった当時、この写真を眺めながら、どんな人でどんな人生を歩んでいたのかな、と妄想をしていたこと、タグを見るたびに思い出します。今でこそカッコいいと思う彼女の髪型。正直その頃はヘンな髪型だなぁと思っていました。でもこのたった一枚の写真から受けていた印象は鮮烈で、何でも直ぐに検索できる時代の情報より、印象深く心の奥に残るものなのかも。いずれにしても書簡が始まった頃にやってきたデイベッドは私にとって縁深いものだったのです。

さて、
コロナから次のフェーズに移りそうな令和5年。私は初心に戻り、亜麻のベッドリネンを開拓してみようかと思っています。
会社を始めたころ、青山のインテリアショップの社長やバイヤーの方々と一緒に何社かのOEMベッドリネン製品を開発していました。ベッドリネンはサイズもいろいろ、ホームリネンと呼ぶには大きなお買い物で、しかも人に見せる事はない極めてプライベートな空間で使うもの。販売していくのはなかなか難しいのですが、コロナで少し目が向いた気がします。やっぱり365日一番自分自身と長い時間触れているのはベッドリネン。新たな目標にむけ、走り出したいと思います。

先月出展したインテリアショップ主催のグループ展で、日本の伝統工芸のプロダクトデザイナーの方に出会いました。展示対応の合間に私のリネンを見に来てくれて少しお話をしました。彼女はプロダクトのデザインという仕事の一方で、「飴」という素材を使ったアートを作っていて、12月の個展にむけて日夜作品を作り続けているとのこでした。思い出のある梅の木から草木染めの技法で色を抽出し「飴」という素材に融合させ染める、という話を聞き興味津々。今週、西麻布のギャラリーで始まった個展に行ってきました。

日もすっかり落ちた閉館間際のギャラリーの静寂。気泡を内蔵した透明感とシズル感を併せ持った美味しそうな飴たちがまるでホタルの光が飛び交ような展示で迎えてくれます。同じ梅の木でも産地や樹齢により色が全く異なるのも面白かったし、色合わせの美しさや楽しさもあって、この飴たちの透き通るようなオーラはクリエイティブな彼女そのもののように感じました。
カラーセラピーをうけたような、優しい気持ち。凍るような冷たい夜風が吹く年末の慌ただしい一日の終わりに素晴らしいご褒美をもらいました。


アートは心を豊かにするのに欠かせないもの。
リネンは柔らかな道具。
良いものは、その人の人生を変えていくチカラをもっていますよね。

さて、奥村プロデュースの小さなお宿プロジェクト。あとなにかヒトツ加えるとしたら。うーん、、地のナチュラルワイン(絶対二日酔いしないやつ)、満天の星空を望む温泉、今まで感じたことのないような安らぎを与える照明、その空間で初めて気づく自然の葉おとや鳥のさえずり…

奥村さんが念じていることはいつも必ず実現しています。ひょっとしてこのプロジェクト、近い将来もしかしたら皆さんに、、、、、。答えは実現したときのお楽しみにしておきましょうか。
 

草々
2022年12月23日
リネンアンドデコール 菊川博子

 

奥村くみ プロフィール

菊川博子 プロフィール

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