新しいかたち

往復書簡十五通目

サンセバスチャン。岬の先にはチリーダの風の櫛XV 


前略 奥村くみさま

今年の夏は雨も多く、また、あまり遠出もできないので、家とアトリエの往復ばかり。少しの晴れ間には借りている小さな畑まで自転車で向かい夏野菜を収穫しては簡単に調理し食す日々でした。ふと見上げた西の空に、みるみると形が変わる秋の雲を見て夏の終わりが近づいている気配を感じ少しさみしい気持ちになりました。

リトアニアとRMシャンパーニュの作り手は職人気質な性格が似ているのでは?そしてシャンパーニュの味わい方とアート鑑賞が似ているように感じられたという、そんな奥村さんの視点や感性にぞくぞくするお手紙でした。
読み終り、今夜はRMシャンパーニュと心に決め、仕事帰りに早速近所のワイン屋で調達して帰宅しました。
開栓後3日目もその異なる余韻を味わう楽しみがあるなんて驚きでした。いつもいつの間にかボトルから消えています。結局3日間は持たなかったですけど(笑)、2日目まで美味しく味わいました。

前にボルドーの小さなシャトーに泊まったときのことを思い出しました。 パリの展示会の後、TGVでボルドーへ。広大なワイン畑を車で抜け、無人エントランスで暗証番号を押し建物に入ります。現地で待ち合わせた管理人さんから部屋の鍵をもらい、後はお好きにどうぞって感じで3日間ゆったり過ごしました。窓の景色は一面ブドウ畑。聞こえるのは鳥の声と風で触れ合う木々の葉音。仕事で緊張感のあったパリとは対照的に気持ちは一気にオフモードに。ワインの醸造所は木苺の実る小道をてくてく10分ほど歩いた先の別の畑にありました。ブドウの木と土を見て話を聞き、もちろん最後はテイスティング。ワインも一見華やかな世界に見えるけど、天候とか畑に気を使う自然相手の地道な作業があることをのぞかせてもらいました。シャンパーニュはもちろん、亜麻を原料とするリネンも少し似ているかも。


さて、ボルドーの次に向かったのは列車で2時間ほど南下し、バスク鉄道に乗換え国境を超えたスペイン北部のサンセバスチャン。一年頑張った自分へのご褒美に、おまけの旅のつもりでバルのはしごを楽みました。
展示会で気になるインテリアアクセサリーを扱うブランドがあり名刺を貰っていたのですが、偶然にもサンセバスチャンから小一時間バスで行った山奥にお店があることを発見。朝食後iPhone片手に行ってみることにしました。
バスに揺られてついた山間の街。目指す場所についてみたら、そこにはお店らしき所は見当たらず、人影もなく、窓の少ない広そうな建物があるのみ。実はヘッドオフィス兼工場でした。ここまできたからにはただでは帰れないと思い切って扉を開け声をかけたところ、突然訪れた日本人に驚きながらもスタッフが対応してくれました。工場や広いストックフロアを案内し家具を見せてくれて、とっても親切に説明してくれました。アポ無しで突然行ってほんとにゴメンナサイ。Webで見たお店情報は倉庫セールだったのか?何しろスペイン語だったもので(汗)。

スペインでは今まで見つける事のできなかったユニークなデザインのロープにも出会えました。実は鞄を作る時に使う持ち手の紐はいつも日本中をさがしていて、苦労して職人さんに作ってもらっていました。海外のWebサイトを見て画像の中に見る事はあっても、仕入先まで見つけることは至難の業だったりします。

サンセバスチャンの街では、一緒に行った妹がオリーブの大きなカッティングボードを探していて、日本で言う「金物屋さん」のような日用品をあれこれ扱っている店に立ち寄りました。カゴとか、ブラシとか、色んなものがおしゃれに並べられていたのですが、たまたまそのお店の隅に積まれたロープを見つけて、私の目は釘付け。「このロープがほしい!!!」食い倒れで止まっていた頭でしたが、瞬時にスイッチが入ってミニマムロットはいくつくらいなのかとか、これ以外の色や太さはあるのだろうかとか、そもそも取引はできるのかどうかなど頭の中を駆け巡りました。でも、話を聞こうにも、お店のおじさんは英語が全く喋れず、身振り手振りでロープがほしいことを伝えようと奮闘。明日だったら英語のわかる娘が来るよ、っていわれたようだったので、次の日に出直すことにしました。

翌日、満を持して再度訪れました。海外と取引などしていなさそうな街の小さなお店で、必ずしもそのお店のメインの資材でもなさそうなロープを日本に輸出してくれないか、と片言の英語で交渉するおかしな日本人。実はこのロープ、ヨットとか船で使うものだったみたいで、港町では日常的な品物だったようです。お店の奥に連れて行ってくれて、ほかもいろいろみせてくれました。気になるロープのカットサンプルを買い、是非仕入れたいから必ず日本から連絡するね、と言い残しつつ、宝物のように持って帰りました。帰国後スペイン語のできる人を紹介してもらって、晴れて取引できるようになりました。まさか、その金物屋さん、ロープが鞄の持ち手に使われているとはつゆ知らず、なんでこんなもの日本からわざわざ何度もリピート買いしているんだろう、と不思議がっているのではと思います。色とりどりの糸で撚られたロープは入荷する度に色や素材が異なり、今では欠かせない重要なパーツになっています。

アーティストが魂を込めて自身の自己表現をカタチに表したものがアートで、他の人・使う人のことを思って作っていくのがデザインだと、このあいだある人から聞きました。アートもデザインも、手に入れた人・使う人の生活を潤してくれるもの。でも、最近奥村さんと書簡を通していろいろお話をするようになって、以前より少しだけ、自分の立ち位置が意識できるようになったかもしれません。あっと驚くような突出したデザインや最高級素材を贅沢に使用したものでなくても、日常の暮らしにそっと寄り添い役立つものを作ったり、こんな場面でこうやって使ったらどうですか、と提案したりすることで、少し新しい空気や気分をお届けできたら。そんなふうに考えています。

スペインでのロープの出会も一つの出来事ですが、思いもかけない出会いや発見から面白い方向へ物事が進んでいくことってあったりしませんか?
仕事だけでなく、これからの人生においても、予想外なハプニングを恐れず身も心も軽やかにたくましく在りたいです。

そうそう、今奈良のとある工場のプロダクトについて、メーカーさんと打ち合わせ中です。奥村さんがお住まいでいらっしゃるというだけで、なんだか奈良がぐっと身近に感じている私がいます。奥村さんと同様、知らない方々とのレセプションや大勢が集まるパーティは苦手なのですが、たとえ初対面の人がいたとしても限られた人達とゆっくり座って美味しいお酒や食事をしながら、アートやインテリアやUFOのお話をするのは大歓迎。明日香のda terraでまた楽しいご飯を一緒にいただきたいです。


前回は工場と進めるモノづくりの話、今回は偶然に出会った素材の話でした。
なかなかラトビアまでたどり着きません・・・。

 

草々
2021年9月3日

リネンアンドデコール 菊川博子

 

奥村くみ プロフィール

菊川博子 プロフィール

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