新しいかたち

往復書簡四通目

ジャコメッティ・インスティチュートにて  


前略 菊川博子さま

今日からもう4月。桜が散り葉桜になった頃から明日香の木々や葉っぱは勢いよく成長し、私が一番好きな緑の季節へと移ろっていきます。

2通目のお手紙もとても楽しく読ませていただきました。まずは質問の件から。返答としては少しずれてしまうかもしれませんが、家で過ごしているとき心から幸せだなと思う瞬間はたくさんあります。今の季節ならキッチンでいちごジャムを煮ながら、窓の外に美しい鳥を見つけた瞬間。ソファで夢中になって本を読んでいるうちに本の最後に差し掛かり、涙が溢れてきたちょうどその時が夕暮れの時間にぴたりと合わさった瞬間。そしてリネンの温かくもシャリっとした感覚を肌で感じながら、するりとベッドにもぐりこむ瞬間。(もちろんリネンはLINEN&DECOR!)そんないくつもの瞬間が集まって、細やかな日々の幸せに繋がっていくのだと思います。

さて私も菊川さん同様、旅が大好きです。「あなたは誰ですか?」と尋ねられ「旅人です」などと答えることができたらどれほど素晴らしいだろうと時折想像したりします。1年を通じてずっとどこかを旅している人生はどんなに楽しいだろうと。そんな”旅人”ならずともコロナの影響で今度海外に出かけるのはいつになるのかしらと、ちょっと寂しくなっている今日この頃です。

インテリアを職としていた頃は海外に出かけると当然ながらインテリアショップや家具屋さんを巡っていましたが、ある時からそんな直接的なインテリアへのアプローチが自分には合っていないような気がしてきました。むしろカフェで素敵な女性を見つけたら彼女たちはどんな家に住んでいるのだろうと想像したり、窓越しにハッとするような素敵なインテリアを見つけた時にその家に住まう人の人となりをあれこれ思いめぐらしたり、旅先で見つけた小さな光景を拾い集め記憶に残していく方が断然楽しく思えてきたのです。そして”インテリアとはまず人ありき”という当然のことをさらに強く感じ、住まい手とインテリアの関係性といったものに大きな興味を抱くようになりました。

菊川さんはウッディ・アレン監督の「インテリア」を観たことがありますか?私にとっては特別な映画でインテリアのプロを目指そうと心に決めたきっかけとなり、インテリアとはその人の人生や生き方が如実に反映されるものなのだと教えてくれた映画でもあります。インテリアの仕事を続けながら心の中にいつも大きく存在していた「インテリア」のシーンを今でも時々思い出すことがあります。いつか菊川さんとこの映画について語り合いたいです。

アートの仕事を始めてからの私の旅はすっかりアートメインのアート旅となりました。けれど美術館やギャラリーという直接的にアートを鑑賞する場所にあっても、やはり”アートと空間の関係性”といったものにアートと同じくらい強く興味を惹かれるのです。私にとっては人=アートなのかもしれないとこの手紙を綴りながらふと思いました。いつもいろんな場所で「インテリアはその人の人生、アートはその人の魂を表すもの」と話しているのもそんな考えがベースにあるからなのだと今更ながら気づいたりして。住み手がいなくなればどんなに素敵な空間でもその輝きは瞬時に失われてしまいます。けれどアートが存在している空間はアーティストの魂がその場をずっと彷徨っているようで色あせることはありません。そんなことから私はアーティストが実際に使っていたアトリエ、もしくはアトリエを再現した空間を訪れるのがたまらなく好きなのです。

もちろん住み手のいない住まいでも、建築家の残した優れた建造物にはディテールのあちこちに彼らの息遣いといったようなものが感じられその魅力を保ち続けています。年月を重ねるごとにさらに特別な存在感を増していく、そんな建物を訪れるのもアーティストのアトリエを訪れるのと同じくらい楽しいものです。”旅人”にはなれない私ですが、コロナが落ち着き自由に渡航できるようになったら、映画「ル・コルビュジエとアイリーンの追憶のヴィラ」に登場していた南仏のヴィラE.1027を訪れたいなあと思っています。

菊川さんは今猛烈に行ってみたい場所や国はありますか?また教えてくださいね。 

草々
2021年4月1日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

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