手を動かし続けることで生み出される自由で美しいカタチ
May 2022
Text:Mari Matsunaga
Photo:Ryo Higuchi
 
 
5月に発売する新しいトートバッグ Nord(ノール)。男性でも女性でも持てるバッグを作りたいと考え、デザイナーの田渕智也さんと共同で開発しました。リネンアンドデコール代表 菊川が以前働いていた職場で同時期に家具のデザインをされていた田渕さん。デザインに対する想いや、リネンアンドデコールとの仕事についてお聞きしました。
 


いいなと思った理由を考え抜く。それが軸となり、デザインになっていく
 
小さいころから工作や絵を描くことが好きだった田渕さん。高校2年生のときにデザインの仕事をしたいと決意し、桑沢デザイン研究所に進学しました。在学中、カッシーナ・インターデコール(当時)でカタログ撮影のための絵コンテを描くアルバイトをしたことがきっかけで、同社に入社し開発チームに加わることに。オリジナル家具の企画・商品開発に携わったあと、より幅広い仕事をしていきたいと独立。現在は家具だけでなく、プロダクト、グラフィックなど多岐に渡る分野に携わり、活躍の場を海外にも広げられています。


昨年発売された「CALLA」

田渕さんのデザインする家具やプロダクトは、計算された使い心地のよさと素材を活かした端正なデザインが高く評価されています。
「クライアントから先生と呼ばれることもあるのですが、そう呼ばれるのは苦手で…。作る人、使う人と同じ目線に立って考え、デザインが独りよがりにならないように気をつけています」。

そして日頃から「なぜいいと思ったのか理由を考えること」を習慣にしているそうです。

「例えばレストランで水を飲んでおいしいと感じたとき、なぜおいしいのか考えてみます。のどが渇いていたからか、水自体がおいしいのか、薄はりのグラスがいいのか、お店の雰囲気がいいからなのかなど…。心動かされるものに出合ったとき、そのものの背景を紐解くことで自分なりの“いい“の基準が積み重なっていき、それが発想力の素になっていくと思います。あとはとにかく手を動かすこと。Macも3Dプリンターも必需品ではありますが、まずは手作業で形を作っていくと、ぼんやりしていたイメージが明確になっていきます」。



イメージを共有できるから、プロジェクトはいつもスムーズに進みます

実はリネンアンドデコールにとって田渕さんは欠くことの出来ない存在。名刺やおなじみのロゴタイプをはじめ、2013年に出したリネンブック、最近使用しているギフト用のペーパーラッピングも田渕さんの手によるものです。
 
「独立したばかりのころ、菊川さんからロゴタイプ作成の依頼を受けました。メインで扱う“麻”という素材のしなやかさと、都会的で洗練された世界観が伝わるようデザインしました」。
そのデザインをひと目で気に入ったという菊川。「リネンアンドデコールのイメージを体現していると思いました。商品だけでは伝えきれていなかったエレガントすぎないシャープなブランドイメージの一面をグラフィックで補完してもらっている」といいます。
 
田渕さんがディレクションしたリネンブックはリネンアンドデコールの名を多くの人に知ってもらうきっかけとなった一冊。私達だけでなく、田渕さんにとっても新しい挑戦だったそうです。
「とにかく楽しい仕事でした。自分がデザインしたプロダクトのカタログには関わったことがありましたが、出版物のアートディレクションを単体で受けたのは初めて。コンセプト作りから、ロケーション選び、紙の選定や綴じ方など、スタッフみんなで意見を出し合い、ひとつひとつ丁寧に進めていけたのはいい経験になりました。一番こだわったのは書体。“ゆ”や“さ”に特徴のあるたおやかな書体を選びました」。
リネンブックをお持ちの方はぜひチェックしてみてください。



2018年にはエンヴェロプ型のペーパーラッピングを制作。
イベントなど忙しい会場でもスタッフが簡単に包装できるギフトラッピングのデザインを依頼しました。

「お互いに気に入った紙素材があり、その温かみのある紙の魅力を活かすフォルムを考えました。シンプルですが、シックになりすぎないようロゴタイプを白の箔押しにし、やわらかさをプラスしています」。
 
菊川曰く「私はボキャブラリーが少なく上手に説明したり出来ないのですが、人一倍伝えたいことや思いがあってそのギャップにいつも悩んでいます(笑)。そんな私からのふわっとしたリクエストもくみ取ってくれて、毎回、期待を遥かに超えるデザインで、田渕さんありがとうございます!って思っています。打合せは楽しいだけでなく、とってもやりやすいんです」。
「それは一時期、同じ会社で働いていたというのも大きいかも。共通理解できるものがいろいろあり、お互いにイメージや感覚を共有しやすいのだと思います」と田渕さん。



トートバッグを新構築して自由度をもっと高く

1年以上前から始まっていたトートバッグの企画。今回デザインをしてもらうにあたり、リネンアンドデコールからのリクエストは二つ。1.男女問わず使えるトートバッグ。2.地厚なリネンを使うこと。選ばれたのはフランス製のウォッシュドの生地でした。
 
いつも自分はどんなものを入れて持ち歩くのか、どんな風に持っているか…など、田渕さんはまず日頃使っているバッグについて振り返ってみたそうです。また、既存のトートバッグがどんな風に構成されているのか、さまざまなバッグを分解し縫製の仕方なども研究。紙の模型でサイズ感も検証し、リネンアンドデコールらしいトートバッグの概念を構築していきました。
 
「一番表現したかったのは、しなやかさと丈夫さという両面を持つリネン素材ならではの魅力です。そこでハンドル部分は2重にして硬く、面は素材のやわらかさがでるように計算し、その対比が感じられるようにデザインしました」。
台形を組み合わせハンドルを1周回したデザインは、口が大きく広がるので、ものの出し入れもしやすく大容量で機能性も抜群です。  
 
最初の紙の模型での提案は5型。バッグ内側のロゴは田渕さん自らシルクスクリーン印刷を行い色やインクの乗り具合いを確認。

「この仕事を始めてから20年以上経ちますが、つくづく自分はものづくりが好きなんだなぁと思います。単にデザインして終わりではなく、デザインしたものが使う人やその周りにどんな影響を与えるのか。想像するとわくわくします。トートバッグは世の中に色々なタイプやサイズのものが出回っているし、使っている人も多い分、奥が深くおもしろかったです」。



存在感はあるのに空間や暮らしにすっと馴染む。使い手や素材などひとつひとつに真摯に向き合い、手を動かし続けながら、想いを具現化してきた田渕さんの作品。一見シンプルなトートバッグも、今まで田渕さんが生み出してきたものと同様に細部にまで想いが行き届いたつくりになっています。男女問わず、使う人も使い方も制限しない新しいカタチは、きっとこれからの日常に欠かせない相棒になってくれるはずです。

 
 
<プロフィール>
田渕智也 オフィスフォークリエイション代表 デザイナー
1974年生まれ。桑沢デザイン研究所 研究科卒業。株式会社カッシーナ・イクスシーにて、企画・デザイン・商品開発を担当。2010年オフィスフォークリエイション設立。家具や日用品などのプロダクトデザインを軸に、グラフィックやアートディレクションまで包括的なクリエイションを行っている。直近では、今年4月、羽田イノベーションシティにオープンしたロボットが調理・給仕するレストランAI_SCAPE(アイ・スケープ)」のプロジェクトにも参加。