新しいかたち

往復書簡十八通目

今年のフェアでこっそり購入していたY氏の作品 


前略 菊川博子さま

まだ肌寒い春の初めに始まった私たちの往復書簡。すっかり季節はめぐりあちこちで紅葉の美しさに目を奪われる季節となりました。

先日は「アート中之島2021」にご来場いただきありがとうございました。お便りの中で会場の雰囲気を伝えてくれる箇所がありとても嬉しかったです。もともとアートの仕事を始めた10周年がきっかけで始まった「アート中之島」でしたが、当初からあるイメージがありました。それはその頃いつも思っていた「いろんなイベントがあってそこに集っている女性たちはお洒落で素敵なのになんだか不自然な雰囲気が漂っているのはなぜだろう?」という疑問から生まれたイメージ。ある時ふと気づいたのです。「女性ばかりだからだわ」と。日本のイベントで女性たちが連れ立って出かけるものが多いのは、欧米と文化が違うと言ったらそれまでだけど時代は平成(気づいた時点で)日本だから欧米だからという時代でもないものだと。小さいなりにアートイベントを開催すると決めた時にパートナーやご夫妻で気軽に出かけられるイベントにしたいなあと考えました。もちろんご友人同士で楽しく、男性女性関らず静かに一人で作品を選びたい、どんなスタイルでご来場いただいても心地よいフェアであることは大前提として。

そしてここ最近ではお子さん連れのご家族にも気軽に遊びに来てほしいと強く思うようになりいろいろ工夫もしています。お子さんがぐずった時にいったん外に出てもすぐに再入場できるようにリストバンドやバッジを用意しているのもその一環。時には子供好きのスタッフがベビーシッターを担当してくれることもあって、年々ファミリーでの来場も多くなっています。

さて菊川さんが購入してくださったカーテンモチーフの写真作品にも関係してくるのですが、今年のアート中之島で起きた大変な出来事についてお話させてくださいね。

実はフェアで菊川さんに接客していた男性はアーティストでもありカーテンの作品を撮ったご本人なのです。ギャラリースタッフとして働きながら制作活動していて、ここ数年はアート中之島でもすっかり顔なじみとなり、私自身もフェアでは毎回とてもお世話になっています。

初日の夜、予想以上に作品が動いたためフェアが終わってから京都に追加の作品を取りに彼が行くというのです。朝一の設営からの終日接客で若いとはいえ相当疲れているはず。まだ展示していない作品もあるし、お勧めの作品だってあるのだから無理はしないでと伝えたところ「慣れているから大丈夫です」と力強い返答。でもなんとなく嫌な予感がしました。

次の日の早朝にギャラリーオーナーからメールが入り、彼が事故を起こして救急病院に搬送されたと知りました。眠りの浅い朝を迎えぼんやりしていたのですが、内容を頭の中で反芻した途端全身が凍りつく思いでした。車が大破しており意識はあるらしいけれどどの程度のケガか全くわからないとのこと。

どうしよう、私がもっと強く止めればよかった、そんな後悔が頭をよぎるものの2日目も来場してくださるお客様のためにしっかりフェアを仕切らねばなりません。何度か深呼吸したあと私が今するべきことを考えました。まずはフェアスタッフのグループラインでみんなが起きている時間を見計らい状況を説明し、今日はそこのギャラリーブースに誰もいなくなるので私も入るけれど、できれば手分けして接客を担当してほしいと伝えたのです。それからできるだけ早く会場入りし、他のギャラリストにも事故のことを話し、協力してほしいこと、スタッフをそちらに集中させることを伝えました。

フェアではそんなことはおくびにも出さず(出せない状況)頑張らないといけない訳ですから、自分の中でどう切り替えていいかもわからない状況でフェアをオープンしました。ここで私はスタッフたちの力強いメッセージに励まされることになります。スタッフと呼んでいますが、彼女たちは普段それぞれにプロフェッショナルな仕事をしており「アート中之島」の時には”オーシャンズ11 ”のごとく集まって完璧に仕事をこなしてくれる頼れる助っ人たちです。中には「彼がとても忙しそうにしていたのに、もっと手伝えることがあったのでは?」と反省する接客担当スタッフまでいて、みんなの優しさと思いやりにちょっと胸が熱くなりました。当日の会場ではこの仕事を始めた頃からずっと私を支えてくれいているKさんを中心にそのブースの接客を担当してくれ、気づくと作品の配置換えまで彼女たちが行ってくれていたのです。私は彼女たちの働きに改めて感謝すると同時に、そんな状況の中でもさらにフェアを盛り上けようとしてくれている心意気に胸を打たれました。彼女たちからなにかとても大切なことを教えてもらった気がしたのです。

さてそのYさんからは3日後に大破した車の写真と一緒に無事を知らせるメールが送られてきました。メールを読みながら思わず涙がでてきて本当に無事でよかったと胸を撫でおろす気持ちでした。よほどの強運の持ち主なのでしょう。「今度のモチーフは病室のカーテンになるかもしれません」と長期入院を覚悟していた彼ですがわずか10日間で退院。カーテンの撮影をする暇もなかったようです。(Y氏の作品をご購入の皆さま、大変強運の持ち主の作品です!飾っているととても良いことがあるかもしれません、笑)そんなYさんですが入院していた際も自身の作品のことが気になるらしく(写真作品なのでプリント等必要なため)ずっとメールをやり取りしていて、なんだか彼の作家魂みたいなものを強く感じました。

菊川さんもいろんなイベントを開催したり、様々な分野の方とコラボなさっているからよくおわかりと思うのですが、なにかその度に”腹を括っている”という感覚はないですか?なにかあっても「よっしゃ引き受ける」みたいな意気込み。小さいながらも「アート中之島」の開催に向けては私も”腹を括る”思いで毎回望んでいます。特に昨年あたりから10周年でお祭り騒ぎのように始めた頃とは違い、私が大切に育ててきた「アート中之島」はもう私個人のフェアではない気がしているのです。アートとの出会いを楽しみにきてくださる多くの皆さま、フェアに向け細やかな準備をしてくれるギャラリスト達、そしてフェアのために新作を用意してくれるアーティスト達のことを思うとアート中之島はすでに私の手を離れた存在になっているのかもしれないと。それは寂しさではなく身の引き締まる思いであるということですが。

今回のことで毎回フェアを盛り上げるため裏方で一生懸命頑張ってくれているオーシャンズたちに感謝の気持ちを今一度送りたいと思いました。そういえばフェア2日とも大型台風直撃というひどい状況に見舞われた時も、彼女たちが明るく前向きな言葉を発し続けてくれたことを思い出し”腹を括る”などと偉そうに言えるのも周りのみんなが私を助けてくれるからなのだと改めて悟った気がします。

さて私たちのコラボイベントも今週から銀座蔦屋で始まります。それに向けて”腹を括って”さらにはご尽力いただいた蔦屋スタッフの方々への感謝を持ちつつイベント終了まで頑張っていきましょうね!

今年の「HOUSE からHOMEへ」プロジェクトを締めくくる26日のトークイベントを心から楽しみにしています。


 

草々
2021年11月17日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

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