新しいかたち

往復書簡十六通目

たちばなひろし氏の案内で訪れたブルックリンでの展覧会会場 


前略 菊川博子さま

早いもので9月も半ばを迎え、夕暮れに虫の鳴き声を聞きながら秋の深まりを感じています。

サン・セバスチャンでのロープにまつわるお話、菊川さんの現地での奮闘ぶりが文面から伝わってきて思わず微笑んでしまいました。あの素敵なバッグの持ち手の部分にこんなストーリーが隠されていたなんて!そして思いました。息抜きに旅行に出かけても結局は仕事のことを考え、気がつくとなにかアイデアはないかと思いめぐらせているあたり、やっぱり同じだわって。昨年に続き何もできなかったような気持ちのまま2021年も後半に差し掛かっていますが、今年も一番残念だったのは気軽に旅行に、特に海外に行くことがままならなかったことでしょう。

私も研修旅行と銘打ってアートをめぐる旅を続けてきました。NYのメガギャラリー巡りに海外のアートフェア、ベネチアビエンナーレ、、、それらが直接自分の仕事に結びつくわけではありませんが、アート最前線をとりあえずは目にしているということが、私を通じて作品を購入してくださるお客様にとって信頼に繋がると信じてのことです。私がいつもお客様にお薦めしているのは一緒に暮らしたくなるような作品。もちろんそれぞれに作家の想いやコンセプトは秘めているけれど、それを声高に叫ぶような作品は一緒に暮らすのはちょっと疲れてしまいます。それよりも美しい、心震える、そんな印象の作品に実は深いメッセージが込められている方が胸に迫ってくる気がするのです。けれど見ようによっては、私の選ぶアートはインテリア寄りだと思う人だっています。だからこそ私は海外で、まずはコンセプトありきといったガンガンにエッジの効いた現代アートに触れ、今のアートの流れをある程度は抑えておかなければと思うのです。それらを知った上でお客様に一緒に暮らしたくなるような作品をお勧めしたいと。とはいえ結局は単なるアート好きに他ならないのだけれど(笑)。

そして旅にはもう一つの目的があります。圧倒的な現代アートシーンを前にすると打ちのめされる(というか、そんな感情を持つことさえ私などには許されないのだけれど)のを通り越し、自分の小さなフィールドで最大限に力を発揮せねばと”開き直り的モチベーション”が湧き上がってくるのをその都度感じるためです。けれどこの”開き直り的モチベーション”の賞味期限は約1年。すでに2年近く海外の現代アートシーンに触れていないので期限はすっかり切れてしまっています。

さてそんな研修旅行ですが、ここ最近はリアルに自分の仕事に繋がるきっかけを探しつつの旅となりました。たとえばNY在住のアーティストたちばなひろし氏のアトリエにお邪魔して、イベントでご紹介する作品を選んで持って帰ったり、さらには氏にNY在住アーティストのアトリエ訪問ツアーをお願いしたり、作家を紹介してもらったり。実際、たちばな氏が繋いてくれたご縁で出会ったアーティスト達にその後イベントやアートフェアで作品展示をお願いすることになりました。そんな風に単なる研修旅行がほんの少しでも実りのある旅になってきたところのコロナ禍、返す返すも悔しい思いでいっぱいです。

けれどこのコロナ騒動には、一度立ち止まって自分の生活を振り返り、さらには冷静に周りを見るきっかけとなった側面もあるのではないでしょうか。何度も言っていますが、インテリア業界からアートの世界に飛び込んだ最初の頃は無我夢中。そのうち段々とアート業界の仕組みを知るようになり、なんとか自分もそこに入り込みたくて頑張ってはみたのですがそれはとても困難なものでした。例えていえばダブルダッチ(2本の縄跳び)に入っていくようなもの。それは高速で縄が回っている訳ではないのだけれど、どうにも入るタイミングがつかめないそんな縄跳びです。ようやく入れたものの、そこで飛び続けるのは本当にしんどくて、でも出ようにもどうしていいかわからない、そんな感じ。もちろんその縄跳びの中で、多くの作品に出会い人とのご縁にも恵まれ刺激的な楽しいこともあったし、充実した時間も過ごせたけれど、振り返ってみれば生え抜きアート業界の人間ではない私にとってとても苦しい時間でもありました。

そして昨年の自粛生活あたりから私は一旦その縄跳びから抜け出そうと思ったのです。これはなにもアートの仕事をやめるという訳ではなく、もう一度外からアートの世界を俯瞰してみることができたらなあ、と。ちょうどそんなことを思っていた頃に「こぉと」計画を進めていたし、菊川さんと「あれこれいろいろ一緒にやりたいね」と相談していたタイミングがぴたりと重なり合ったのも一つのきっかけになったのかもしれません。メインストリームのアートの仕事は縄跳びも中でいとも簡単に飛び続けることができるアート専門家の皆さんがやるべきだし、私は縄跳びの外にいてできる仕事をやるべきなのだと。これはなにも蚊帳の外的な卑屈な感情ではありません。縄跳びを眺めているだけの存在だとしても私はやっぱりアートの良さを多くの人々に伝えていきたいし、良い作品とお客様との縁をずっと繋いでいきたい。じゃあ私になにができると?と自問すれば、やはり原点回帰で衣食住アートをバランスよく大切にするスタイルを通じて、アートを皆さんに提案することしかないのです。そうは思っていても最初に触れたように”開き直り的モチベーション”ももうすっかり賞味期限切れ。

“アーティストが魂を込めて自身の自己表現をかたちにしたのがアートで、他の人・使う人のことを思って作っていくのがデザイン”と菊川さんのお手紙にあったその言葉はこのところのそんな私のもやもや感を払拭してくれ、なんとなくいろんなことが腑に落ちた気がしました。アートとデザイン、アートとインテリア、共存しあってこそ日々の生活に厚みや深みが生まれるのだと思います。そんな想いを共有できる人たちと日々の生活をより豊かにする提案をし続けることこそ菊川さんや私の天命(大げさですが)かもしれません。

そんな熱い想いを持ちつつ今年もアート中之島がやってきます。一昨年からは菊川さんにもご協力いただきドリンクコーナーのリネンを提供していただきとても感謝しています。

そうそうラトビアのお話までどんどん寄り道してくださいね!次回のお手紙も楽しみにお待ちしております。

 

草々
2021年9月17日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

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