新しいかたち

往復書簡十四通目

RMシャンパーニュのコルク栓12種 


前略 菊川博子さま

奈良でも毎日暑い日々が続いています。関西の暑さといえばすぐに京都が浮かぶと思うのですが、奈良も同じく盆地の地形のためその暑さは負けず劣らず。厳しい暑さが早くひと段落してほしいものです。

リトアニアのお話とても楽しく読ませていただきました。菊川さんと出会うまではバルト3国の一つくらいの知識しかなく、正直さほど興味の対象の国ではありませんでした。つまり「今度リトアニアに行ってみたいわ!」と強く思う場所ではなかったということです。ところが今では菊川さんの出張にこっそり便乗したいと思うくらい訪れたい国の一つに仲間入りしました。先日の「こぉと」でのセミナーの際に見せてくださったリトアニアの素朴で美しい風景、工場とは俄かに信じられないような素敵なお屋敷で織られるリネンの様子、そしてそれらを作り続ける穏やかだけれど、しっかりとその表情に職人気質がにじみ出ている人々の姿などを知り、菊川さんが仕事を超えてなぜリトアニアに強く惹かれるのかわかったような気がしたのです。

さて先日「こぉと」でシャンパーニュセミナーを開催しました。講師はアート中之島にも毎年出店してくださっている自然派ワインのお店hapoのシニアソムリエ国本幸延氏。シャンパーニュ愛溢れるお話を伺いながら、氏のセレクトによる12種類のRMシャンパーニュのテイスティングというそれは魅惑的なセミナーでした。今回のセミナーを思いついたのは以前お店のカウンター越しに氏のお話を聴いた際、シャンパーニュの味わい方とアート鑑賞がとても似ていると感じたことがきっかけ。一緒に暮らすアートが時間によって表情を変えていくのと同様に、シャンパーニュも開栓してから時間が経つと味わいも変わっていくのだと教えてもらったのです。次の日、さらには3日目に飲むと違った味が楽しめることも知りました。開栓してからすぐに飲みきってしまうものと思い込んでいた私にとっては目から鱗。菊川さんはご存じでした?

アート中之島を始めたときからシャンパーニュ片手にアート鑑賞は一つのテーマではありましたが、今から思えばその頃はどちらかというとシャンパーニュの持つ華やかなイメージと現代アートを組み合わせたかったのだと思います。けれど昨今シャンパーニュのイメージも変わってきて、以前のようにシャンパーニュといえばグランメゾンのそれらだったのはもう昔の話。今では魅力的な作り手が現れRMシャンパーニュの人気も高まっています。そんな風潮と比例するように私自身のシャンパーニュとの向き合い方も肩の力が抜けてきた感があります。ちょうどアートと私との関係性が以前に比べもっと自然なものになったのと同じように。

ちょっとびっくりしたのはRMシャンパーニュの消費量一位はなんと大阪なんですって!値段やブランドに囚われず自分が美味しいと思うものを探し求める大阪の食文化がそこにも現れている気がします。それもちょっと私の主催するアート中之島に似ているところ。アート中之島に来られる方はアーティストが有名無名など関係なく、ご自身のお好みで作品を選ばれます。自分が気に入ったのだから大正解といった具合に。あるアーティストが私のフェアに来場するお客様は海外のフェアに来られる方と似ていると話してくれたことがあります。どういうことかと尋ねると「巷で流行っているとか誰か有名な人が勧めていたからではなく自分が好きと思ったものを迷うことなく購入するところ」なのだそうです。衣食住アート全てにおいて私はそんなスタイルがとても素敵だと思います。

なぜ長々とシャンパーニュの話かと言えば、セミナーの中で知ったその作り手たちの話とリトアニアに職人さんたちの姿勢がとても似ている気がしたからなのです。シャンパーニュといえば華やか、豪奢、きらびやかとった言葉が浮かびますが、シャンパーニュ地方はそんなイメージとかけ離れた素朴な場所なのだとか。また元々ドイツ移民たちが多くその気質は日本人のそれと似ているという話も知り、菊川さんのリトアニアの話と実に似ていて、まったくかけ離れた場所であるリトアニアとシャンパーニュ地方が私の中で突然結びついたのです。リネンもシャンパーニュも、そして当然ながらアートも生み出す人々の生き様や拘りが強く反映されるもの。どんな風に作り出すものに魂をつぎ込んでいるのか、それを知るのは大切なことだし、それらを伝えていくのも私たちの大きな使命ですよね。シニアソムリエの国本氏はRMシャンパーニュの作り手たちの、菊川さんはリトアニアの職人さんたちの、そして私は縁あって扱うこととなったアーティストたちの作り出すものへの想いを。

さて意外に思われるかもしれませんが、私はあまり人が集まる場所は得意ではありません。アート絡みでもオープニングパーティーやレセプションなどできれば行きたくない。まあ、そんな華やかな場所へのお誘いも滅多にないのですが、ごく稀に出席する場合は早めに行って作家に挨拶してささっと帰っちゃう。その代わりアーティストのアトリエやスタジオを訪問するのは大好きで、機会があれば図々しくお邪魔しています。「あ〜ここで作品が生まれてるんだあ」とアトリエに漂っている空気が細胞レベルで沁みてきて、それ以降さらに熱心にお客様に作品をお勧めしたりします。実際に制作している場所を知ることで作品自体にもさらに向き合える気がするのです。ワインやシャンパーニュに一番大切なものはテロワール。アーティストにとってのテロワールがアトリエだけという訳ではありませんが、やはり彼らの根っこの部分を知りたいとう想いはいつもどこかにあります。きっと菊川さんも同じではないでしょうか?

菊川さんが京都に織物の勉強に通っていることを知り、私はとても感動しました。作り手の想いに寄り添うためにそこまでの努力をしているのだと。もちろん菊川さんはご自身の織った布を販売される訳ではないですが、もう十分に心は作り手なのだと思います。私は何を勉強したらいいのかしら?お絵描き教室?(笑)

今度のお手紙ではラトビアのお話が伺えるとのこと。今から届くのが楽しみでなりません。

 

草々
2021年8月5日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

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