新しいかたち

往復書簡十二通目

ドローンで撮影された飛鳥の風景(写真家 森山雅智) 


前略 菊川博子さま

今週の飛鳥はずっと雨模様。今日も朝から雨が降り続けています。

さて先日はお疲れ様でした。東京に続き2回目となったトークイベントでも、皆さんが運んできてくださった温かな空気が漂う中、終始リラックスしていろいろお話することができました。奈良では少人数制で開催したため、質問も多く飛び交いより近い距離感で皆さんと時間を共有することができた気がします。

2週間たった今でもその余韻は心地よく私の中に残っており”余韻を残す仕事”や”余韻を残す人”というキーワードが新たに私の心の中に刻まれました。菊川さん同様スタッフのK本さんも”余韻を残す人”。そんな人にはまたすぐにでも会いたくなります。いつも余韻を残す仕事を心掛け、余韻を残す人でありたいものです。

今回のイベントの始まりは橿原神宮前駅(村野藤吾氏の設計なのです)にお2人(菊川さんとK本さん)が到着したところから。タクシーでこちらに向かうという菊川さんたちを制し、車で迎えにいきました。だってタクシーだと味気ない国道沿いを走ることになるのですもの。せっかくなら私の大好きな飛鳥の道を一緒にドライブしようと思ったのです。

田植えを終えたばかりの初々しい緑が広がる田んぼ、草木が美しく重なり合う甘樫の丘(ああ、私は毎日のようにここを車で走っているというのに、その美しさに毎回ハッとする)、日本の原風景のような棚田や、小高い山の道を下っていくと目に飛び込んでくる小さな集落の様子、、、そこには時折、雲の合間から光が美しく差し込み、その瞬間いつも神様が降りてくるような気がするのです。

それらのお勧めの風景を是非見てもらいたくて回り道もしながらのドライブでしたが、2人共とても喜んでくれて私までとても嬉しくなりました。飛鳥を巡っていると都会と違い、今この時目にしている光景は古代の人が見ていたそれとあまり違っていないのだなと思うと、いつもちょっと不思議な感じがします。

そんな”勝手に”飛鳥親善大使のような私ですが、昔はこのような田舎に住むとは想像だにしませんでした。ずっと神戸に住むと思い込んでいたし、両親ともに神戸出身だったのでいわゆる”田舎”というものを持たず、その良さを知らずに育ったこともあったのかもしれません。

関西以外の方にはピンと来ないかもしれませんが、関西の2府4県はそれぞれがキャラ立ちしていて、そこに住む住民の思い入れが強いのです。特に京都と神戸にはその傾向が強い人が多いように思われます。私も全くそのタイプの人で、神戸愛がとてつもなく強かった(笑)。高校生の遠足で飛鳥を巡った際には「こんな田舎になんて絶対住めな〜い」などとのたまい後年友人たちに「くみの人生の伏線はあの時から張られてたよね」などとからかわれたものです。けれどいざ田舎に暮らしてみるとこれがとても楽しい!2通目でも書きましたが素敵なカフェや美味しいケーキ屋さんはないけれど、心を強く揺さぶり感性を刺激してくれる季節の風景や風や香りに恵まれ、それらは何ものにも代えがたく素晴らしいものです。季節によって土の香りが違うことを、この土地で暮らすようになって初めて知りました。私はここで暮らすまでもう十分な大人であったにも関らず、視野も狭く変なプライドにまみれた未熟で不完全な人間でした。田舎暮らしは私に人にとって大切なことはなにかを教えてくれました。そう、田舎が私を多少なりともまともな人間にしてくれたのです。(もちろんいまだに出くわす大きなムカデやクモに叫び声をあげるし、イベント前日にニョロリと現れた蛇にびっくりして蛇除けの土を買いに走りました。田舎にはコワイこともいっぱい!笑)

と、自分としては奈良飛鳥地方に住む私をたいそう気に入っていますが、仕事の上ではなにかと問題があります。もちろん最新のアートシーンが展開している東京と物理的に遠いということもありますが、それより厄介なのは名刺を出した時に「なんでこんな田舎から出てきてアートアドバイザーなんだ?」という相手の気持ちがバシバシ伝わってきてちょっと疲れてしまうこと。もちろん私がアーティストだったとしたら全く問題ありません。都会から距離を置いて制作しているなんてとても素敵なこと。もしくはオフィスは都会にありながら自宅が田舎というのも今なら羨ましがられるライフスタイルかもしれません。ただアートアドバイザーと名乗りながら田舎にいてどうすんの?なんてきっと思われてるんだろうなあと、なんだかやりきれなくなってしまうのです。

以前一度だけコーディネーター仲間のオフィスをシェアしてもらう形で大阪に事務所を持ったことがあります。お客様にアートを見てもらう商談スペースとして活用しようと思ったのですが、数が限られている作品をお見せしてももっとたくさん見たいと言われ、まったく機能しませんでした。そんなことからオフィスを構えることにあまり意味を見出さなくなり、自宅の住所のみの名刺を使うことになったのです。

でもある時期からこの名刺が私を守ってくれていると考えるようになりました。「田舎の人だからアートのことなんてわかってないんだろう、大した仕事なんてやってないんだろう」そんなレッテル貼をせず私の仕事内容を理解してくれる人しか周りに残らないから安心して仕事ができる、そんな風に受け止めることしたのです。常にポジティブ思考!(笑)

白洲正子氏の本の中に「田舎に住んでいるから田舎者ではない。都会にだって田舎者はいる」といった言葉を見つけたことがあります。田舎者というのは人として野暮なことだと。その言葉を見つけた時膝を打つ思いで、田舎に住んでいてもカッコよく暮らしたいと、想いを強くした瞬間でした。

さて話を元に戻します。奈良のイベントでもリネンアンドデコールのファンがたくさんいらしてくださいました。面白いなと思ったのが「私、これを持っています、使ってます」と同じくらいに「これをプレゼントしたんです」というお声があったこと。人にプレゼントしたくなる商品を作り続けている菊川さんを心から尊敬します。そしてリネンアンドデコールファンの皆さんが同時にアートラバーでもあることを奈良のイベントを通じて再認識したことも嬉しかった。今度秋に発表する私たちのコラボ商品も皆さんにとって誰かにプレゼントしたくなるようなものであるよう願っています。

そうそう私の失敗話ですね。なぜか多くの人にいつもしっかりしているように思われているのですが、しょっちゅうやらかしています。今度こっそり菊川さんにだけお話しますね(笑)
 

草々
2021年7月7日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

奥村くみ プロフィール

菊川博子 プロフィール

新しいかたち