新しいかたち

往復書簡五通目

双子の妹とのブランチ  


前略 奥村くみさま

東京は花冷えのする日が続いておりますが、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
我が家のベランダではレッドロビンの真っ赤な新芽やトキワマンサクの花が次々に顔をだしています。私の最も好きな欅の木は東の窓の先ですこしずつ葉を茂らせ、その様子を毎朝楽しみながら眺めています。

お手紙ありがとうございます。今、猛烈に行ってみたい場所や国でしたね。奥村さんは「700,000 時間」という移動するホテルをご存知ですか?“今、猛烈”とは少し違うかもしれませんが、前から興味津々でして。
オーナーはフランス人実業家。イタリア、カンボジア、ブラジル、フランスと場を移しつつその土地ならではの体験と食を提供し去年は伊根の舟屋でした。今年は和歌山高野山。護摩焚きに加え、ホテルにしつらえた宿坊で、精進料理の粋を超えた食を味わえるのだとか。人生80年を時間にすると70万時間。人生も旅もいつも刺激に満ちていますが、未だ見ぬ体験を思うと心が躍ります。

さて、3通目を投函し終えた後、またたく間に届いた4通目は私の胸にガツンと響く内容でした。奥村さんにとってインテリアとはアートとは。それはまさに今私がトークイベントを前にし自分に日々問いかけていた”私にとってのインテリアとはリネンとは”の確信に触れるもの。実は、今綴っているお手紙は3度目ならぬ4度目の正直。なかなか自分の真意を言葉にする事ができず何度も書き直しました。

私が初めてリネンに憧れを持つようになったのは、あるきっかけがありました。

20代の頃、前の職場カッシーナ・イクスシーはパリのカトリーヌ・メミというブランドと提携し、初めてのフラッグシップショップを青山につくりました。メミのデザインする家具や照明は、装飾を抑え、厳選された素材を使い、彼女独特の色彩が施されていました。その家具を置いた空間は、和の空間を彷彿とさせるミニマムかつ洗練された雰囲気。ソファなどの木部はダークブラウンとアントラサイトなど微妙な色彩まで選択でき、入念に選ばれた色のファブリックとの組み合わせを楽しめます。そして、ベッドには亜麻のシーツやカバーがデザインされていました。
無地でシンプルなデザインのベッドリネンが、何故こんなにも存在感があって、素敵なんだろう。そしてなんでこんな高価なの?この出会いが私をリネンの虜にしたのです。
そこから私のリネンストーリーが始まりました。

しかしメミのリネンはかなりの贅沢品。はじめはパジャマやピローケースから使いはじめ、ベッドリネンを手に入れたときの高揚感は忘れられません。それまで使っていたコットンとの違いにも驚きました。サラリとした感触と少し厚みのある生地感。最初はパリッとした風合いだったのが洗うごとに柔らかくクタッとなっていきます。そして、控えめな光沢がエレガントな雰囲気を醸し出し、空間を大人っぽく、格好良く格上げしてくれたのです。部屋の掃除をするようになったのも、アイロンがけが嫌いでなくなったのもこの頃からです。

その後、ご縁をいただき、私は素材をリネン一本に絞った会社を立ち上げちゃいました。思い立ったら即行動。勢いだけが取り柄です。

以前出張で訪れたラトビアリガのホテル。窓から差し込む光を、不規則な表情を持つリネンのカーテンが、柔らかく変化させていました。リトアニアではふらりと入ったレストランのテーブル。さらっと掛けられたリネンのランナーとさり気なく置かれたナプキンは、天窓からこぼれる昼下がりの光に穏やかに照らされてました。
リネンは実用性だけでなく、目と触感で五感を刺激し、楽しませてくれます。
リネンは空間を作り支える「柔らかな道具」。日々の生活においても、居心地のよい空間を作り、心を整え、明日への活力を生むものなのかな、と。この先も愉しんでいきたいです。

わたし、たまに考えるんですけど、奥村さんは10年後なにしてたいですか?

本当はウッディー・アレンの「インテリア」や海辺のヴィラE.1027の話もしたかったのに書ききれませんでした。奥村さんにも聞いてみたいこと、5月のトークイベントで語り合えたら嬉しいです。
 

草々
2021年4月15日

リネンアンドデコール 菊川博子

 

奥村くみ プロフィール

菊川博子 プロフィール

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