新しいかたち

往復書簡六通目

今の季節になると現れるクローバー 


前略 菊川博子さま

庭にクローバーのカーペットが広がり、エントランスにアーチを描いたジャスミンと葡萄の新芽が顔を出し始めるこの季節になると、田舎暮らしのわが身を心から幸せに感じます。

お手紙の中にカトリーヌ・メミの名前を見つけちょっと嬉しくなりました。私も昔メミのベッドリネンを愛用していて、使えば使うほど肌を優しく包み込んでくれるようなそのクオリティの高さに感心したものです。柄は大好きな細いベージュのストライプ。さすがにくたくたになって処分する際、次なるお気に入りリネンを探さねばと思っていたところリネン&デコールさんと出会ったのです。ありがとう、菊川さん(笑)。

さて難しい方の質問からお答えしたいと思います。10年後の自分?まったく想像がつきません。若い頃と違い歳を重ねると「その頃生きているのかしら?健康で過ごしているのかしら?」などと少々気弱な気持ちになってきます。逆に私は「10年前の今頃なにをしていたかしら?」と思うことがよくあるのです。過去を振り返るというのではなく、その頃目指した場所に、目指していた方向に立っているのだろうか?その時々の自分の選択は正しかったのだろうか?10年前を振り返る行為は私にとっての確認作業のようなものかもしれません。

菊川さん同様、私も見切り発車的にこの仕事を始めました。けれど「ぜったいこれだ」と強く思い、好きで始めたものの、続けていくうちに「なんでこんなことを始めたのだろう?」と思ったこともしょっちゅうでした。菊川さんもそんなことありませんでしたか?とはいえ過去に戻れたとして「やるか、やらないか」の選択をもう一度迫られたら「やってみる」を迷うことなく選ぶでしょう。その「やってみる」の積み重ねが今に繋がっているのだとしたら、今この瞬間も「やってみる」を選ぶ人でありたいと思います。

同じようによく考えること。インテリアの道を通らずにこの仕事をしていたらどうだっただろう?と。大学進学の際に芸大は無理としても美学を学び、アート関連の仕事に就いていたとしたらどうだっただろう?けれどなぜかその想像は途中でぷっつりと途切れてしまうのです。そもそもそんな道を歩んでいたとしたら今の仕事は思いつきもしなかったかもしれません。だからと言ってきちんとした勉強もせず好きというだけでアートの仕事を始めた訳ですから、引け目を感じることはずっとあったし今だってそう。けれどジグザクした回り道があったからこそ、この仕事を始めることができたのだと結局はそこに考えが落ち着くのです。


菊川さんのリネンとの出会いのお話は私のアートとの出会いにとても良く似ています。私たちはいつの間にかリネンやアートの世界に魅了され、自然と恋に落ちていたのですね。同時にそれらは日々の暮らしにとても重要だと信じて突き進んでいった感じもまるで同じ。ですから菊川さんも過去に戻ることができても、きっと同じ選択をするのではないでしょうか?「やってみる」の選択を。そして2人共もう投げ出したいと思ったことがあったとしてもそれぞれリネンに惚れ、アートに惚れ、いわば惚れた弱みで続けてこれたのかもしれません。

さて今一度私の10年後。やはりアートに囲まれていたいし、若い作家を応援し続ける感性を持ち続けていたいし、もし元気に過ごしているとしたら究極はボランティア活動をやりたいと、これはかなり真剣に考えています。

「700,000時間」のお話もありましたね。何かでそのホテルを知った際、そこまで遊び心と冒険心に富んだことを思いつくのはフランス人を措いてはいないだろうと感じましたが、そんな宿が明日香にあればいいのにと思います。明日香のずっと奥あたりでテントを貼って、極上のリネン(リネン&デコールの)が用意されているベッドがあって、明日香の恵みをふんだんに使った美味しい食事をシェフが用意してくれて、空を見上げると満天の星に混じって時折UFOも見えたりして。そんなホテルプロジェクトなら自ら関わりたいと、ふと思いました。

さあ、それに向けて私は”今”何を選択するべき?(笑)

妄想話で終わる今回のお手紙ですが、菊川さんは妄想レベルの計画がありましたら教えてくださいね。楽しみにお返事お待ちしております。

草々
2021年4月23日

アートアドバイザー 奥村くみ

 

奥村くみ プロフィール

菊川博子 プロフィール

新しいかたち